正安元年12月京都からの帰路、金沢(現大子町)に住んでいた高足の弟子乗善房の草庵に迎えられ、朝な夕な上人を慕って集まってくる人たちにお念仏のお法を伝えておられましたが、
病に臥せられ年明けの正安2年正月4日(1300年)称名の息絶えて御往生されました。行年62才。
遺骨はこの地に葬られ、上人の13回忌と33回忌には本願寺3代覚如が来て御法要を営まれたと言われております。
明治9年に寿命寺(現常陸大宮市野口)佐竹信行二男崇信を迎えて祝町願入寺如証長女百合と婚姻し、16代を継承し空白を埋めました。しかし明治24年一男二女を残して離婚。
その為か、祝町願入寺との間に様々な軋轢が生じ、やむなく門信徒と協議の上、東京麻布宮村町に寺号のみ残っていた本願寺派正念寺を、東京市長の認許をえて久米に移し、
久米願入寺は正念寺と公称することになりました。
時に明治36年5月14日の事でした。その後17代淳信、18代教信を経て現在にいたります。〒313-0123
茨城県常陸太田市久米町20-1
TEL 0294-76-2058
FAX 0294-76-0169